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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)96号 判決 1975年12月25日

横浜市戸塚区平戸町字下山一五九一番地五四

原告

増山寿々

東京都港区芝高輪南町三〇番地

原告

高浜愛恵

新潟市青山一一五七番七号

原告

増山利夫

東京都中野区本町通三丁目一〇番地

原告

青山陽子

武蔵野市吉祥寺南町一丁目五番一六号

原告

増山邦夫

横浜市神奈川区神大寺町六八二番地

原告

伊藤慶子

右原告ら訴訟代理人弁護士

秋山知也

東京都練馬区栄町二三番地

被告

練馬税務署長

右訴訟代理人弁護士

島村芳見

右指定代理人

中川精二

篠田学

佐伯秀之

主文

被告が亡増山他計男に係る昭和三七年分の所得税につき昭和四三年三月八日付で原告らに対してした決定及び無申告加算税の賦課決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨の判決

二  被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二、原告らの請求の原因

一  原告らは、亡増山他計男(昭和四〇年四月五日死亡)の相続財産につき限定承認をした相続人であるが、被告は、昭和三七年中に亡他計男に譲渡所得があったとして、同人の同年分の所得税について、原告らに対し、昭和四三年三月八日付で次のような決定及び無申告加算税の賦課決定(以下、決定及び賦課決定をあわせて、「本件処分」という。)をした。

総所得金額 一三三九万三四五四円

所得税額 五九六万七七〇〇円

無申告加算税額 五九万六七〇〇円

その後本件処分は、国税不服審判所長の裁決により、次の金額を超える部分につき取り消された。

総所得金額 九三九万一一四四円

所得税額 三八〇万二〇〇〇円

無申告加算税額 三八万〇二〇〇円

二  しかし、本件処分は、後記第四の二の理由によって違法であるから取り消されるべきである。

第三、被告の答弁及び主張

一  答弁

請求の原因一の事実は認める。同二は争う。

二  主張

1  亡他計男は、同人が所有していた別紙物件目録第一の土地建物(以下「甲物件」という。)及び同目録第三の土地(以下「丙物件」という。)を昭和三七年六月三〇日訴外針井正治に二五〇〇万円で譲渡し、更に同目録第二の土地(以下「乙物件」という。)を同年一一月九日訴外橘商事株式会社及び安藤滋雄(以下「橘商事ら」という。)に五〇〇万円で譲渡し、右各譲渡に係る所得を得ているにかかわらず、同年分の所得税の確定申告をしなかった。

しかして、右各物件の譲渡の経緯は次のとおりである。

(一) 甲及び丙物件について

亡他計男と宮勝一は、乙物件上に貸ビルの建築を計画していたところ、宮は、その資金獲得のためと称し、甲及び丙物件を担保に昭和三六年八月ころみやま興業株式会社名義で江口一雄から一〇〇万円、同年一二月ころ宮名義で橘商事らから五七〇万円を借り受け、そのほとんどを自己の事業資金として費消してしまったために、これらの返済に窮し、この返済をするために甲及び丙物件を売却せざるをえない状態となってしまった。そこで、宮は、亡他計男に懇請し、同人の承諾をえて同人の代理人として昭和三七年六月三〇日右各物件を再売買予約付で針井に代金二五〇〇万円で譲渡したのである。針井は自己の住宅用とするために取得したのであるが、右各物件の売買を再売買予約付としたのは、宮から強い要請があったので、その要請に応じて先買権を与えたにすぎない。したがって、宮は針井から受領した右金員のうちから、前記借入金六七〇万円を返済し、右各物件につき担保権の解除を受けて、針井に対し所有権移転登記手続をしているのであり、また、右二五〇〇万円について債務としての利息の支払約定はなく、契約上右各物件引渡後の同物件に対する公祖公課は買主において負担することとされているのである。なお、譲渡代金二五〇〇万円は、右各物件の昭和三七年六月ころの時価相当と認められる金額である(地価公示法による標準地の公示価格を基礎に時点修正、品位差修正をほどこして算定した右各物件(建物を除く)の譲渡時における時価は二三〇五万六六五二円である。)。

(二) 乙物件について

宮は、乙物件を担保に橘商事らから三〇〇万円を借り受けたが、そのほとんどを自己の事業資金として費消してしまったうえ、甲及び丙物件の売買予約による買受期限までに買受資金の獲得見込みがたたなくなったことなどのため、乙物件を売却せざるをえない状態となり、亡他計男の承諾をえて、同人の代理人として昭和三七年一一月九日右物件を買戻特約付で橘商事らに代金五〇〇万円で譲渡したのである。橘商事らが右物件の売買を買戻特約付としたのは、宮から強い要請があったので、その要請に応じて先買権を与えたにすぎない。したがって、宮は右金員のうちから前記借入金三〇〇万円を返済し、債権債務を清算して買主に対し所有権移転登記手続をしているのであり、また、右五〇〇万円について債務としての利息の支払約定はなく、契約上売買契約日後の右物件に対する公祖公課は買主において負担することとされているのである。なお、譲渡代金五〇〇万円は、右物件(同物件は借地権の存する貸地である。)の昭和三七年一一月ころの時価相当額と認められる(地価公示法による標準地の公示価格を基礎に前記同様の方法で算定した右物件の譲渡時における時価は六〇五万五五〇六円である。)。

(三) 以上のとおり、亡他計男は、宮の前記債務を返済するために本件各物件を譲渡したものであって、宮の債務のために譲渡担保として提供したものではない。

2  亡他計男に課されるべき昭和三七年分所得税にかかる譲渡所得金額の算出根拠は、次のとおりである。

(一) 収入金額 三〇〇〇万円

甲及び丙物件の譲渡による収入金額二五〇〇万円と乙物件の譲渡による収入金額五〇〇万円との合計額。

(二) 甲ないし丙物件の取得価額 一三六万七七一一円

(三) 保証債務の履行に伴う求償権の行使をすることができないものとして旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下同じ。)第一〇条の六第二項の規定を適用して控除した金額(後記第五の二)九七〇万円

(四) 旧所得税法第九条第一項本文の規定により控除した金額 一五万円

(五) 譲渡所得金額 九三九万一一四四円

(一)の金額から(二)ないし(四)の各金額を控除した金額の一〇分の五に相当する金額。右金額が亡他計男の昭和三七年分の総所得金額である。

第四、被告主張に対する原告らの答弁及び反論

一  答弁

被告主張1の事業のうち、甲ないし丙物件が亡他計男の所有であったこと、亡他計男が昭和三七年六月三〇日甲及び丙物件を再売買予約付で針井に代金二五〇〇万円で売渡す契約をし、同年一一月九日乙物件を買戻特約付で橘商事らに代金五〇〇万円で売渡す契約をしたこと、亡他計男が被告主張の確定申告をしなかったことは認めるが、その余の事実は争う。

同2の事実のうち、(二)の取得価額は認める。

二  反論

本件処分は、以下の理由によって違法である。

1  次に述べるとおり、亡他計男は、甲ないし丙物件を宮のため、針井正治及び橘商事らに対する債務の担保として譲渡担保に供したにすぎないものであり、実質的に譲渡したものではないから、昭和三七年中に譲渡所得が発生することはありえない。

(一) 甲及び丙物件について

亡他計男は、昭和三七年六月三〇日ころ、宮に対し、その事業資金捻出のため、右各物件を譲渡担保に供して融資を受けることを期間を限って認めた。亡他計男は、右約束に基づき同月三〇日宮のため、針井正治に対し右各物件を譲渡担保として提供し、これにより宮は針井から右各物件の売買代金名下に二五〇〇万円の融資を受けた。この融資は、亡他計男と針井との間の右各物件の売買名義でされたが、その契約においては、宮が亡他計男に代わり針井に対し同年一一月一〇日までに代金二九〇〇万円を提供して予約完結の意思表示をしたときは、再売買により亡他計男が右各物件の所有権を再び取得する旨の再売買の予約が特約されていた。なお、その後右の予約完結期間は昭和三八年一月二〇日までに、再売買の代金は三二〇〇万円にそれぞれ変更された。

しかるに、宮は、亡他計男との約束に違反し、右予約完結期間の満了するまでに予約完結権を行使しなかったため、再売買が成立せず、亡他計男に前記各物件の所有権が返還されなかったものである。しかして、亡他計男は針井に右各物件を譲渡した後もこれを使用しており、代金額も時価の数分の一であったから、この点からも通常の売買でないことは明らかである。

(二) 乙物件について

亡他計男は、昭和三七年一一月ころ、宮に対し、その事業資金捻出のため、右物件を譲渡担保に供して融資を受けることを期間を限って認めた。亡他計男は、右約束に基づき昭和三七年一一月九日宮のため橘商事らに対し右物件を譲渡担保として提供し、これにより宮は橘商事らから売買代金名下に五〇〇万円の融資を受けた。この融資は、亡他計男と橘商事らとの間の右物件の売買名義でされたが、その契約においては、宮が亡他計男に代わり橘商事らに対し昭和三八年二月九日までに五二〇万円(代金五〇〇万円及び契約費用二〇万円)を返還して売買を解除することができる旨の買戻が特約されていた。

しかるに、宮は、亡他計男との約束に違反し、右買戻期間の最終日までに買戻をしなかったため、亡他計男に前記物件の所有権が返還されなかったものである。しかして、亡他計男は橘商事らに右物件を譲渡した後もこれを使用しており、代金額も時価の数分の一であったから、この点からも通常の売買でないことは明らかである。

2  仮に、亡他計男が昭和三七年中に本件各物件を譲渡したとしても、旧所得税法第一〇条の六第二項の規定により、右各物件の譲渡による所得はなかったものとみなされるべきである。すなわち、

本件各物件の譲渡は、前記のとおり実質的には宮の債務の担保(譲渡担保)として各債権者らに提供したもので、宮が亡他計男との約束に違反し、予約完結権並びに解除権を行使しなかったため、亡他計男は各物件の所有権を失ったものである。したがって、亡他計男は、宮に対し本件各物件の価格と同額の求償権を有するが、右各物件の価格は、少なくとも、甲及び丙物件につき二五〇〇万円、乙物件につき五〇〇万円以上である。しかるに、宮には全く支払能力がないため、同人に対する右求償権は全額回収不能である。

したがって、亡他計男の本件各物件の譲渡については、その収入金額全額について旧所得税法第一〇条の六第二項が適用されるべきである。

3  そうでないとしても、本件処分は次の理由によって違法である。

譲渡所得の課税に当っては、いかなる資産がいつ譲渡されたか、それによる所得がいくらであったかを特定しなければならず、その特定をすることなく、ただ抽象的にその年分における譲渡所得金額のみで所得税を課することは許されない。

ところで、被告が本件処分をした時点においては、被告は、丙物件につき昭和三七年中に譲渡されたものであるとは全く認識しておらず、甲及び乙物件の譲渡による所得税として本件処分をしたのである。このように、本件処分時において被告が丙物件の譲渡に係る所得を課税の対象とはしていなかったのに、本訴において右所得を課税根拠として主張することは許されない。

第五、原告らの反論に対する被告の主張

一  原告らの反論2の点について

前記のとおり、亡他計男が宮の債務のために本件各物件を担保として提供したのは、宮が江口から一〇〇万円を、橘商事らから五七〇万円及び三〇〇万円を借り受けた時である。

亡他計男は、宮が江口から借り受けた一〇〇万円及び橘商事らから借り受けた五七〇万円を返済するために甲及び丙物件を譲渡し、更に、甲及び丙物件の売買予約による買受資金の調達や橘商事らから借り受けた三〇〇万円の返済のために乙物件を譲渡したものであって、原告ら主張のような事情で各物件を譲渡したのではない。

そこで、被告は、前記債務の合計九七〇万円について旧所得税法第一〇条の六第二項の規定を適用したのである。右九七〇万円以外の二〇三〇万円は、亡他計男が宮に貸付けたものであるから、保証債務の履行に当たらない。

二  原告らの反論3の点について

所得税の決定がその内容において適法であるかどうかは、決定に係る課税標準等又は税額等が客観的に存在した課税標準等又は正当な税額等の範囲内でされたか否かによるのであり、当該決定の通知書には、いかなる種類の所得について決定したかを明示すればよいのである。

本件処分に係る所得税についても、亡他計男が昭和三七年中に譲渡した資産の合計によって所得金額を決定すべきものであり、丙物件も昭和三七年中に針井に譲渡されているのであるから、本件処分は、客観的に存在した課税標準及び正当な税額の範囲内でされたものである。

第六、証拠関係

一  原告ら

1  提出・援用した証拠

甲第一ないし第二五号証及び証人宮勝一の証言並びに原告本人増山利夫の尋問の結果

2  乙号証の成立の認否

乙第四号証の一、第七号証の成立は否認する。第一八号証の成立は知らない。その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  提出・援用した証拠

乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二、第七ないし第二〇号証、第二一ないし第二三号証の各一、二、第二四号証の一ないし一二、第二五ないし第三七号証及び証人小川健、同針井正治の各証言

2  甲号証の成立の認否

甲第一ないし第三号証、第五ないし第八号証、第一二号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一、請求原因一の事実(本件処分の経緯)は当事者間に争いがない。

二、そこで、亡他計男に昭和三七年中被告主張の譲渡所得が発生したか否かについて判断する。

1  甲ないし丙物件が亡他計男の所有であったこと、亡他計男が昭和三七年六月三〇日針井正治との間で甲及び丙物件を再売買予約付で代金を二五〇〇万円と定めて売渡す契約をし、同年一一月九日橘商事らとの間で乙物件を買戻特約付で代金を五〇〇万円と定めて売渡す契約をしたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、次に、右売買が、実質的な売買かそれとも本件各物件を債務の担保に供するためのいわゆる譲渡担保の設定かについて検討する。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、第一三ないし第二五号証、乙第二、三号証、第五号証、第六号証の一、二、第八ないし第一七号証、第二五ないし第三六号証、証人宮勝一の証言により真正に成立したと認める甲第五、六号証、証人宮勝一の証言、同針井正治の証言(後記採用しない部分を除く。)及び原告本人増山利夫の尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

別紙物件目録第一の(一)ないし(三)記載の土地は、その一部が亡他計男ら家族が居住していた同目録第一の(四)記載の建物の敷地となっていた他は貸地となっており、乙物件及び丙物件も貸地となっていた。亡他計男は、昭和三五年五月頃、宮勝一から乙物件を有利に利用するため、同物件上に貸ビルを建設する話をもちかけられてこれに同意し、その実行を同人に委ねた。そこで、同人は、右貸ビル建設の事業を遂行するため同年一一月みやま興業株式会社を設立し、自ら代表取締役に就任し、亡他計男の妻原告増山寿々を取締役の一員に加え、乙物件の借地権者らと明渡交渉をする一方、その資金獲得のため亡他計男から本件各物件を担保に供することの承諾を得、昭和三六年八月一一日江口一雄からみやま興業名義で仮装売買によりみやま興業の所有名義になっていた丙物件を担保に一〇〇万円借り受け、更に、橘商事らから宮名義で、同年一二月二一日甲物件を担保に五七〇万円、昭和三七年九月一七日乙物件を担保に三〇〇万円をそれぞれ借り受けた。宮はこのようにして借り受けた金員をほとんど右事業計画の準備資金その他に費したが、右借入金の返済に窮し、かつ、本件物件が代物弁済として債権者に移転する虞が生じたため、後日再売買ないし買戻しをするからと亡他計男を説得した結果、亡他計男は、昭和三七年六月三〇日、針井正治との間で甲及び丙物件を売主名義を亡他計男及びみやま興業(以下「亡他計男ら」という。)とし、代金二五〇〇万円で売り渡す契約を締結した。そして右契約には、同年一一月一〇日までを再売買の予約完結期間、再売買代金二九〇〇万円(但し、同年八月一〇日までに再売買の予約完結の意思表示をした場合は三〇〇万円、同年九月一〇日までに同意思表示をしたときは二〇〇万円、同年一〇月一〇日までに同意思表示をしたときは一〇〇万円をそれぞれ右代金額から減額する。)とする旨の再売買の予約が付せせられ、かつ、右各物件の引渡しについては、針井申立ての即決和解に亡他計男らが応ずると約定され、亡他計男らは針井から同年六月三〇日三〇〇万円、同年七月一〇日二二〇〇万円を受領した。その後、昭和三七年一一月一六日針井と亡他計男らとの間の約定により、同日亡他計男らが針井に対し一五〇万円を支払うことを条件に、再売買の予約完結期間は同年一二月一五日までに、再売買代金は三〇五〇万円にそれぞれ変更され、更に、同年一二月二九日右両当事者間の約定により、亡他計男らが針井に対し昭和三八年一月二〇日までに一五〇万円を支払うこと及び亡他計男は右債務を担保するため、同人が橘商事らに対して有する後記買戻権を針井に譲渡することを条件に、再売買の予約完結期間は同年一月二〇日までに変更された。また、右両当事者間で昭和三七年一〇月一一日、亡他計男らが同年一一月一〇日までに再売買代金を提供して再売買の予約完結の意思表示をしないときは、亡他計男らは右各物件を針井に引渡すとの即決和解が成立しているが、右即決和解に基づく甲物件に対する強制執行は、右各約定により右各変更後の再売買の予約完結期間満了まで猶予された。更に、宮は、昭和三七年一一月九日亡他計男を代理して、橘商事らに対し、乙物件を代金五〇〇万円、但し、昭和三八年二月九日を買戻期限、買戻代金を右売買代金及び契約費用二〇万円の合計金額とする旨の買戻特約付で売渡した。しかし亡他計男らは、甲及び丙物件については昭和三八年一月二〇日までに、乙物件については同年二月九日までに、再売買ないし買戻をすることができなかった。

以上の事実が認められる。

ところで、甲及び丙物件に関する針井との売買契約の趣旨について、証人針井正治は、亡他計男らに金銭を貸し付けたことはなく、甲及び丙物件は自らの居住用として買い受けたものであって、貸金の担保として取得したものではないと供述し、証人小川健の証言、同針井正治の証言によって真正に成立したと認める乙第一八号証、成立に争いのない乙第二〇号証、第三七号証によると、針井正治及び亡他計男と針井との間の前記契約に関与した弁護士平本文雄は、税務職員に対し、同趣旨の陳述をしていることがうかがわれる。

しかしながら、針井が甲及び丙物件を居住用に購入したのであるなら、右物件の売買契約に再売買の予約を付するのは極めて不自然なことであるが、前掲乙第一八号証、第二〇号証の記載、証人針井正治の証言によるも、この点につきなんらの説明は得られず、また前掲乙第三七号証の記載によるも単に宮の側からの要望によるというにとどまり、これまた首肯するに足る説明は得られない。また、前認定のとおり売買契約に引渡時期が明示されておらず、引渡しについては後日の即決和解に委ねられていたこと、したがって売買契約成立後も亡他計男は右各物件を使用していたにも拘らず、針井が契約当時代金全額を支払っていることは、通常の売買としては極めて奇異の感を免れない。

かえって、右に認定した諸事実と前認定の再売買の予約完結期間の延長に応じて再売買代金が増額され、また、一五〇万円を支払うことを条件に再売買の予約完結期間が二度延長されていること、契約当初から右各物件の引渡しについて即決和解の手続をとることが約され、現にその手続がとられていること等からみると、売買という形式はとられているが、亡他計男らは債権担保のため右各物件を譲渡したとみるべきであり、売買代金二五〇〇万円と再売買代金との差額及び右一五〇万円は、債務の利息に相当すると推認することができる。そうだとすると、亡他計男らは針井より借り受けた二五〇〇万円の債務のため、譲渡担保として右各物件を針井に譲渡したものと認めるのが相当である。前掲乙第一八号証、第二〇号証、第三七号証及び証人針井正治の証言のうち、右認定に反する部分は、採用することができない。

次に乙物件についても、前認定の事実に前掲乙第一六号証、第一七号証、証人宮勝一の証言により真正に成立したと認める甲第八号証に同証言を合わせると、亡他計男は橘商事らから五〇〇万円を借り受けるに際し、乙物件を買戻特約付代金五〇〇万円で橘商事らに譲渡し、右五〇〇万円から既応の借入金返済分三〇〇万円及び右五〇〇万円の借入金の利息を差し引いた残額約一六二万円を受領したことが認められるから、乙物件の売買もその実質は譲渡担保と認めるのが相当である。前掲乙第二号証により認められる、乙物件が占有改定の方法で橘商事らに引き渡されたこと、売買契約日の翌日からの乙物件に対する公租公課は買主において負担することとされている事実も右の認定を覆すに足るものではない。

以上の認定によれば、前記各売買は、前記各債務を担保する目的でされたものであり、いわゆる譲渡担保の設定に当たるというべきである。

しかして、譲渡担保の場合は、法形式上所有権は担保権者に移転するけれども、それは債務の担保を目的とする限度にとどまり、その契約時において、その資産が所有者の支配を離れ、その所有者のもとでその資産の値上りによる増加益が確定的に具体化したものということはできず、所得税法上これをもって資産の譲渡と解することはできないのであって、右譲渡があったというためには、もとの所有者において資産の受戻しが不可能となったことが必要であると解すべきである。本件の場合、甲及び丙物件については昭和三八年一月二〇日までが再売買の予約完結期間、乙物件については、同年二月九日までが買戻し期間とされているから、右各物件が昭和三七年中に受戻し不可能となったものということはできない。

3  そうすると、亡他計男が昭和三七年中に本件各物件を譲渡し、その譲渡に係る所得を得たものとしてされた本件処分は違法である。

三、以上によれば、原告の本件請求はその余の点について判断するまでもなく正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 時岡泰 裁判官 青柳馨)

別紙

物件目録

第一

(一) 東京都港区麻布新網町一丁目三番の一

一、宅地一一五・一〇平方メートル(三四・八二坪)

(二) 同所四番の三

一、宅地一〇五・九八平方メートル(三二・〇六坪)

(三) 同所九番の一

一、宅地三六九・四二平方メートル(一一一・七五坪)

(四) 同所九番

一、家屋四九・五八平方メートル(一五・〇〇坪)

第二

(一) 東京都港区麻布十番二丁目八番の三

一、宅地一六五・〇二平方メートル(四九・九二坪)

(二) 同所八番の四

一、宅地一五六・一三平方メートル(四七・二三坪)

(三) 同所八番の五

一、宅地一四四・三九平方メートル(四三・六八坪)

(四) 同所八番の六

一、宅地三一・九三平方メートル(九・六六坪)

(五) 同所八番の七

一、宅地一二〇・九五平方メートル(三六・五九坪)

第三

東京都港区麻布新網町一丁目三番の二

一、宅地一七〇・九〇平方メートル(五一・七坪)

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